西南戦争攻防戦ぐるっとガイド 城彩苑スタート、城彩苑ゴール 120分コース

大河ドラマ「西郷ドン(ラストサムライ)」最後の戦いの緒戦となった熊本城攻防。
見どころはたくさんあります。

  • 熊本城は「陸軍少将谷干城が籠城戦で死守した城(特別史跡指定理由)」。 谷干城の戦略とは?
  • 開戦3日前2月19日大小天守閣・本丸御殿炎上す。 炎上の謎?
  • 攻防戦のハイライト!2度にわたる段山の戦い 攻防戦中 最大の激戦地
  • 籠城50日余の苦労
  • その時、西郷ドンは、どこにいて何をしていたか?
  • 『ワシは官軍ではなく清正公に負けた』と西郷隆盛が嘆いたという熊本城攻防戦。その言葉の意味は?
城彩苑スタート
二の丸広場
西南戦争籠城将校家族避難之碑(戌亥櫓前)
与倉連隊長夫人産床之碑(監物台樹木園入口)
段山の戦いの跡(藤崎台球場裏)
与倉連隊長被弾の碑(薬師坂)
西南の役激戦地跡之碑(段山トンネル入り口付近)
四役戦死者弔魂之碑(清爽園)
法華坂激戦地跡
谷村計介銅像の跡・忠烈碑・西南戦争60年碑(坪井川右岸御幸橋際)
西南の役100年回顧の碑(城彩苑入口)
◆籠城将校家族避難之碑
熊本城に籠城した鎮台司令長官谷少将の夫人九万子ほか約10名が空堀にテントを張って避難した。中には、神風連の乱で殺害された前熊本鎮台司令長官種田少将の妾、小勝(こかつ)さんもいたという。
◆与倉知実歩兵第13連隊長被弾之碑
与倉連隊長は2月22日にここ段山の戦闘で被弾した。同じ日妻鶴子は熊本城内で出産したが与倉連隊長は翌日亡くなった。
◆西南の役激戦地跡之碑(段山トンネル入り口付近)
碑文がある「・・・熊本城下はいずこも激戦地となった。熊本市の至るところは戦火の影を帯び戦塵の香を纏(まと)ったといえる。そこに住みそこで生活をする者は何人もそれを忘れてはならない。激戦地跡の碑が市街地の中に建てられている所以である。」と。
  • 所要時間 約120分
  • 少し長い時間、距離を歩きます。
    休憩しながら案内します。階段や坂道もありますので、歩きやすい履物でお越しください。
ガイドの申し込み・お問い合わせ
電話 096-356-2333
※受付時間 平日9時~17時、土日祝9時~16時